谷川記念館

廣池千九郎谷川記念館

廣池千九郎谷川記念館

廣池千九郎谷川記念館

開館時間   
7:00~16:00

休館日   
不定休
※詳細は谷川記念館へお問い合わせください
℡ 0278-72-2438

麗澤館(併設)
敷地内にある麗澤館は、廣池が最晩年に過ごした建物です(積雪時閉館)。廣池千九郎の業績と生涯は「廣池千九郎WEBサイト」に詳しく掲載されています。

 

廣池千九郎

廣池千九郎の生涯

谷川麗澤館

谷川麗澤館

廣池は慶応2年(1866)、大分県中津市に生まれました。幼少期から学問に励み、教育家、歴史家、法律家など多彩な側面を持ちます。壮年期、学者として法学博士の学位が認められ絶頂期、医者から見離され死を覚悟するほどの病にかかります。その体験から成功と幸福の違いを悟り、世界の人々が安心・平和・幸福を実現できるよう、モラロジーを創建し、救済活動に奔走しました。 そして、昭和13年、群馬県大穴の地で72歳の生涯を閉じました。

業績

主な著書に、『中津歴史』(25歳)、『史学普及雑誌』(26歳)、『皇室野史』(27歳)、『支那文典』『東洋法制史序論』(39歳)、『伊勢神宮と我が国体』『東洋法制史本論』(49歳)、『道徳科学の論文』(62歳)など多数。 『古事類苑』の編纂に従事(29~42歳)、早稲田大学講師(36歳~)、伊勢の神宮皇學館(大学)の教授として赴任(41歳~)、法学博士学位授与(46歳)、天理中学校校長(47~49歳)、『道徳科学の論文』の執筆に専念(57~62歳)、モラロジー研究所(旧:道徳科学専攻塾)の創立(60歳)。

谷川温泉開設に至るまでの経過

廣池が70歳を迎えた昭和11年9月、病気療養のため、初めて谷川の地に訪れました。そして、同地の露天風呂に入ったところ、長年患い苦しんでいた神経衰弱の病気に大変よく効くことがわかりました。そして、千葉県柏市で指導していた学生で難病を患う生徒を呼び寄せて入浴させたところ、生徒は快復していきました。そこで、廣池は温泉の持ち主である谷川別荘団と交渉し、別荘2棟を購入しました。 廣池は温泉の購入にあたり、以下のように回想しています。

「自分一人がかかる名湯に入りて健康になるも、多くの子供すなわち道徳科学の門人および専攻塾の生徒の人々が、せっかく道徳科学を聴いて最高道徳の実行をなして永遠の幸福を得ようとしても、難病や重病に罹りて命がないというような人ができるのを救わずに見殺しするは、真の親とはいい難し」。

当時、廣池は「私(の使命)は、松明である我が身を燃やし尽くし、世を照らすことである」と日ごろから近くの人たちに伝えていました。廣池は千葉県柏市に開設した道徳科学専攻塾に費やした費用以上の財力をかけ谷川と大穴の名湯を購入し、すべての門人に開放しました。そこには微塵の私心も含まず私利もないため、多くの門人が廣池を自分の真の親のように尊敬しているのであります。

 

霊地の建設

谷川講堂の開設に取り掛かった廣池は、土地の買収や温泉の管理、大工・土木の手配など、ありとあらゆることを自らの手で行いましたが、病苦を押しての事業に、「頭が痛い、疲れた、疲れた」ともらすこともありました。それを聞いた門人は、「博士が一言声をかければ、専門家が集まるのだから、人にやらせればいいじゃないですか」と進言しました。しかし、廣池は「本当に人を助ける霊地というのは、本当に人を助けたいという至誠が基礎になって、人心救済の真心が一木一草の中に植えつけられていなかったら人を助ける霊地にはならん。不純なものがちょっとあってもいかん」と注意をしました。 廣池が言う「人を助ける霊地」を作るには、万物を生成化育する大自然の働きに一致する至誠慈悲の真心で打ち込まなければ、人の心をゆり動かすものにはなりません。そして、感謝と喜びの心で作らなくては、喜びや感謝を引き出す土地にはならないということです。こうして出来たのが霊地なのです。

 



仁草木に及ぶ

麗澤館廊下のヒノキ

麗澤館廊下のヒノキ

麗澤館を建設している時、大きなひのきの根が出てきました。雑木林の中、木と木との間に家を作っているため、どうしても根が出てしまいます。そこで、土台を作るために木の根を切り、土台を入れました。  すると、それを見た廣池は、「なぜこの木の根を切った!この木の根は生きているぞ。土台は死んだ木だ。なぜ生き物を大事にせんのか」と、と叱り、命の大切さを教訓しました。 また、麗澤館の廊下を作る時、どうしてもヒノキを1本切らなくてはならないことがわかりました。先の教訓を生かし「廊下を作るのは中止しますか」との問いに、廣池は「(廊下の)中に入れよ。木を切ってはいけない」と答え、廊下の中に木立のまま残して作ることになりました。また、外側にも一本の木立があるために、廊下を一尺狭くしました。

 

谷川浴場の浴槽

 

温度調整ができる樋(とい)

 樋に付けたれた木札を動かすことで、温泉の湯量を調整でき、浴槽の温度も調整できるようになっていました。(現在は、温泉専用のミキシングで、36度のぬる湯と40度のあつ湯に調整して流しています。)

湯垢を流す溝(浴槽の温度を一定に保つ)

縦型の筒を浴槽に設け、浴槽内にお湯の流れが生まれます。浴槽内の上下の温度が一定に保たれ、さらには湯垢が流れ出る仕組みになっています。

うがい水を捨てる溝

浴槽の境目にうがい水等の汚水を捨てる溝があります。唾液や汚水が人の身体に触れないように工夫されています。

個人浴槽の工夫

湯治の方や皮膚病を持つ方が、他者に気兼ねなく入浴できるよう、大小の個人浴槽を設けています。

鋸目を入れた洗い場

洗い場の床板には、滑り予防のための鋸目が入っています。これは、麗澤館の建設時に浴場の床板を湯切りをよくし、腐敗を予防するため傾斜をつけたところ、廣池が「傾斜をつけるな。滑ったらどうするのか。ここは裸で入るところじゃ」と叱り、鋸目を入れたことに由来します。効率や経済を重視するのではなく使う人の視点で考えることを示した教訓が生きています。

このページの上部へ